恵まれているとは何か?

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恵まれた環境だなんてよくいうけど、恵まれてるってなんだろうか?

徐俊植という人権運動家の言葉にこんな言葉がある。

「失うことは、すなわち得ること。」

 

大向が無料塾をするなかで、お世話になっている児童養護施設がある。

 

児童養護施設

虐待や両親の病気など、様々な都合で、

両親と暮らすことが不可能だと家庭裁判所に判断された子どもたちが

集団で生活している施設

 

よく児童養護施設で暮らしてる子どもの話をしたとき、

“かわいそう”という意見が出てくる。

 

確かに、中には生後まもないころから預けられ、両親の顔を知らない子どももいれば、

順風満帆に生きてきたのに、突然のハプニングから預けられる高校生の子もいて、

その子たちが親と暮らせないということを憐れむ人もいるだろう。

 

しかし、大きな施設だと、100人前後の子ども達が集団で生活をしている。

これって、意外と知られてないけど、すごい事ではないかと?

 

例えば一般家庭だとしたら、

ちょっと家でスポーツをしたいとき、

トランプやゲームをして遊びたいとき、

最近は共働きの家庭も増えていたり、

家で持ち帰りの仕事をしていたりで、

簡単に始めることはできないと。

 

だがしかし、施設は違う。

ゲームをしたいと思ったら、すぐに対戦相手が見つかる。

野球でもサッカーでもバスケでも、すぐに20人ぐらい集めてプレーすることができる。

これって凄くない?

 

そこで、大向は彼らに、こんな話を持ち掛けた。

「俺に将棋で勝てたら、焼き肉でも寿司でも好きなもん食べに連れてってあげるよ。」と。

彼らは大喜びで将棋で挑んでくる。

しかし、もう4年間で、1000回以上の対局をしてきたが、大向を倒す人間は現れない。

それでもやってるからわかる、間違いなくこの子たちは成長をしている

 

正直にいって、ここには可能性があると思ってる。

将棋盤が3セットほどあって、

暇になった人同士が好きなタイミングで将棋ができる。

これは、恵まれた環境じゃないかと?

 

普通の家庭では、そんなことはできない。

親や兄弟とするにしろ、実力が離れてしまう。

ただ、子どもが100人いれば、

実力が均衡した相手と対局することができる。

 

否、将棋だけといわず、

彼ら彼女らは、スポーツ、ゲームなど、大人数でする種目になると、

なぜか今まで見てきた普通の子ども達より、ずば抜けた能力を発揮する。

 

一般的に支援の目で見ると、

「両親と別居してて可哀想」

「不幸な人生で可哀想」

だなんて思いがちである。

 

そして、そのために、

失ったものを補完しようとする。

 

しかし、これは他のNPOや福祉系の事業に共通するが、

足りないものを補完しようとする活動はつまらない

 

彼ら彼女らが一般的に劣っている部分を指摘してもしょうがないと。

その代わりに、彼ら彼女にしか無い武器があるのだと。

その環境だからこそできる部分を見てやるのである

 

一般的には恵まれてない環境、

しかし、合理的な支援者が入れば、

必ずしや”OOの分野で恵まれた環境“だと、

環境を再構築できるのではないかと?

 

そんなことを考えながら、日々活動をしております。

 

ということで、今日はここまで、

またの更新をお楽しみに!


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